道楽日和の最近のブログ記事
久しぶり更新です。
その後の病状は良好で穏やかな日々を送っています。
とっ言っても、まぁラスボスの様な奴が襲って来なくなったって事で、ザコキャラはチョコチョコやって来ますがね。
言葉の方は更に良くなっています。ホボ、ドモル事もなくなりました。
全快まであと少し。油断は禁物ですが、出口の無い真っ暗な迷宮に落とされたと感じていた半年前からは想像出来ないほどに普通にイカれたモクゼンに戻りつつあります。
ご心配ご迷惑お掛けしました皆様あともう少しお待ちくださいませ!
今回のパニック症候群が俺にもたらしたもの。
肉体的には両腕にあるなかなか消えない引っかき傷18箇所。中にはかなり深くえぐってしまったモノもあり傷跡ズット残るかもね。まぁ自分自身への戒めとしてそれはそれでアリかな。美肌が売りってワケじゃないしね。
精神的には自殺未遂の未遂1回。いや~今時は本当に危なかったです。仕事柄(只今建築関連の仕事です)身の回りに刃物やらなんやら凶器として使えるものが多ござんして、得物にゃ困らないんですがこの時は不思議と回りに一切なかったなぁ。
それと偶然届いた携帯へのメールで救われました。普段携帯を胸ポケットに入れてるんだけど、この時もそうでね、もう生きててもしょうがない死んじゃってもイイかなんて、考え出したらそれ以外考えられなくなりとっさに身の回りの使えそうなモノ探し出した段階で、胸ポケットの携帯が震えだしたんです。友達からの他愛もないメールでした。でもそれで我に返り馬鹿なことをしようとしていた事に気づき、暫く号泣してました。
死のうなんて考えたのは後にも先にもこれっきり。しかし不思議なもので落ち着いてからよく考えて見ると前日の仕事の終わりにね使った道具類をキチンと全て片付けていたのね。普段整理整頓が苦手な俺はよく助手席に道具袋なんかポンと置きっぱなしにしてるのに。そう中には大小様々な刃物やらなんやらどっさり。あぁぁ俺は生かされているなって思った。きっと守護天使でもいるな俺には。バニラの香りでもしそうな可愛い守護天使(空想いや妄想入ってます)がね。
その他数え上げればきりないが俺の場合症状が言葉に出てしまったので、随分好奇な目で見られたりもしました。一時期コンビニでタバコが買えなくなりました。コンビニって無言でも買い物できるトコだけど、タバコだけはレジの奥の陳列棚にあるでしょ、銘柄を店員に言わなくちゃならないんだよね。それまで目もあわせなかったようなオバチャン店員がドモリながら「ラッキーストライクのライトくだいさい」って言ったとたんアラアラ可哀想にねこの人って視線を投げてきたり、外国人店員に片言の日本語しか喋られない同郷の人と間違われネイティブな外国語(アジア系ね)で話しかけられたり。そんなこんなでタバコは暫く自販機のみでしたね。
まぁそんな悪い事ばかりを書きたかったわけじゃない。今回ほど周りの友人や仲間の優しさを実感した事はなかったな。(過去形になってるけど今も進行中なんだけどね。)病気以前の俺にとっての優しさのベクトルとは常に俺→仲間友人知人って感じで外にむかうのが普通だった。モチロン今までも俺に向かう→は在ったはずなんだけど鈍感な俺はそれをあまり感じていなかったんだよね。そんな鈍感な自分が恥ずかしい。
古くからの仲間は何も語らずただ今までと同じ様に接してくれた。そいつ等との間ではそれが一番嬉しかった。
両親の介護の問題で忙しく本人もストレスを抱えているだろうに気遣ってくれる人もいた。
それまでの仕事を辞めて自分の目標の為に新たに勉強を始めて忙しいだろうに和ませてくれる人もいた。
公演を控え寝る間も惜しんで稽古に取り組んでいるのにわざわざ逢いに来てくれた人もいた。
みんなみんな本当に感謝しています。普段鈍感な俺でも十分皆さんの優しさがそれこそ骨身に沁みました。何かと忘れっぽい俺ですが今回の事は絶対(タブンね)忘れません。忘れてるそぶりを見かけたら「あらあら随分調子がいいじゃないのあの時は散々・・・。」等々チクリ、チクリとイヤミの一つでもぶつけてやってくらはい。捻くれ者の俺はその場では「うるせぇ~済んだ事何時までも言うな!」なんて憎まれ口を叩く事は100%予想できますが、後からコッソリ謝ったりするはずです。
ただ、この優しさってモノは一度骨身に沁みてしまうとそれはまた・・・。
ごぶさたしてまする、もくぜんです。
え~都内在住のお酒をこよなく愛するさる女優様から「そろそろ更新せーや、もくぜん」と絡まれましたので、「酔っ払いと女優には逆らうな」っと我が家に代々伝わる家訓通りに更新再開です。そうなにしろ「酔っ払った女優」ですからダブルですから逆らえません。
まぁーこの期間イロイロあったわけですが、前回の記事の際に書いたようにパニック症候群に罹っちまいまして現在も精神科に通院中の身であります。一時はかなり俺としては深刻な状態でしたが、今はかなり安定した生活が送れるようになっています。吃音(前回同様本人が言う分にはもんだいなかろう”どもり”)も随分少なくなりました。
今は「パキシル10mg.」って薬と「リボトリール0.5mg」を各1錠づつ朝晩2回のんでます。1日1回の服用の時は正直効いているのかどうかわからん薬でしたが、2回服用するようになって目に見えて変化が現れ始めてます。
そして今回の病気、俺に良い事も悪い事も含め転機になっています。
よく病気にかかると闘病「病と闘う」と言いますが、今回の俺は「病によって己を問われる」で問病(とうびょう(当然当て字))って感じです。病から「そもさん!」と突然問われ恐る恐る「せっぱ!?」っと答える俺。そんなことの繰り返し。
「意味が良く分からない?」ってそりゃそ~よ俺もよくわからんのだから。まぁ続きは明日たぶんね。
今日も何とか生き延びる。
奴は突然やって来るので油断ならない。
二日前車の運転中奴は来た。
路肩に一旦車を止め奴が去るのをひたすら待つ。少しピークが過ぎた時点で上司との待ち合わせ場所に向かう。
予定時間ギリギリで間に合うが、上司から前の予定が延長してしまい30分ほど遅れるとの連絡が入る。
去って行ったと思っていた奴が顔をもたげる。
とある駐車場に停めた車の中、ハンドルにしがみつきなす術もなく全身を強張らせながら奴が飽きるのをひたすら待つ。
俺の最近の状態を知っている上司が電話で告げた時間より10分程早く登場する。俺は号泣しながら俺自身の今日のスケジュールを全てキャンセルして欲しいと訴えていた。
その日の夜風呂に入ると両腕がなぜかしみる。よく見ると引っ掻いた様なみみず腫と内出血している箇所が幾つもある。
奴がいる間、無意識に掻きむしった跡だった。
俺の最近はこんな事の繰り返しである。
言葉はまだ戻らない。
ごぶさたのもくぜんです。
えーこのブログを覗きに来てくれる奇特な皆様へここ最近の俺の事をご報告します。
ちょっと壊れかかってます。
3月6日木曜日から病院に通い始めました。
診断はパニック症候群とウツ症状です。
その手の病院に行って来たって事です。
去年の10月頃から何となく変だっとは思っていたんです。
物事への集中力が極端に落ち、突然泣き出す、最近になって人と会話が出来にくくなり吃音(ドモルって書くと五月蝿く言う人がいそうだが、誰か別の人の事をいっているのではなく俺自身の事だから問題ないよな)になり、さらに会話がしにくくなるそんな感じです。
このままどうなってしまうのか不安だったのに、ドモル様になり更に不安は高まり、症状は悪化。そんな螺旋階段を下へ下へ降りている状態でした。
病院に行って薬を処方され飲み始めてまだ3日。正直良くなった実感はないです。ただ螺旋階段の途中で止まっている感じはします。どれぐらい降りてしまったのかは自分でも分かりません。これからチョットづつでも上がっていけたらと思っています。
2月に入ってからの俺は急降下していて、不安感と孤独感と当然くる息苦しさへの恐怖とで、消えてなくなりたいと思うこともしばしばでした。発端や原因はなんとなく思い当たる事はあるのですがそれは・・・。
ただ一つには辛いときに「辛い」っと言い出せない、「無理です出来ません」っと言えない、俺自身の性格があるのかと思ってます。人に好かれる為に何かをするのではなく、嫌われない為に何かをするそんな性格も一因かと。
本来の自分と、周りにこう見られたいっと思う自分に、ギャップがあってその歪みに「もういい加減にしてくれ」と本来の自分が実力行使してきたと自分では思っています。そしてその本来の自分からの「いい加減にしてくれ」って実力行使を全面的に受け入れる事にしました。
今回このブログで通院し始めた事を書くのも受け入れの一つです。「ブログの更新してないじゃん」っと言われても忙しくて時間なくって、っと言ってしまえばすむことですが、その言葉を使うと自分の中にまた歪みを一つためる事になります。それはもうしたくない。
こんなヘタレな俺が唯一ちょっと逞しいと思ったのは、今の俺自身のこの状況克服した後にはなにか芝居の肥やしとなってるかもと思えたこと。病院の待合室そこに自分が座っている深刻さと情けなさを感じつつ、極僅かではあるがこの状況を観察してやろうとオドオドしながら視線を廻りに走らせる俺。いやはや俺の歪みは手におえないのかもしれません。
タバコが切れたついでに本屋にでも行こうと夕方の街にでる。
車道の雪はすでに路肩へシャーベット状に追いやられているが、植え込みや歩道にはまだフワッとした雪が残っていた。
子供の頃のように特に逸ることも無くそれを眺めながら歩いていると
「あっ」という女の子の声と
「バカっ」という男の子の声と同時に俺の肩に何かがぶつかる。
肩を見ると雪が付いている。その先には小学校低学年位の男の子、さらにそのすこし先に幼稚園位の女の子。兄妹のようだ。
肩の雪を落とそうとする俺に少年が近づいてくる。
緊張した面持ちで「ごめんなさい」っとペコリと頭を下げる。
少年の方に向き直ると妹が走ってきて少年の脇へとへばりつき俺の足元あたりを見ている。
二人と俺の位置からしたら俺の肩に当たった雪球は妹が投げたものだろう。
自分が投げたわけでもないのにあやまるおにいちゃんを見てか妹のほうも小さく「ごめんなさい」と続く。
少年はまだ緊張した様子で俺を見ている。妹は下を向いたまま。
「大丈夫だよ。それより気を付けるんだよ足元滑るからね」と俺が言うと少年の顔が明るくなり、妹が顔を上げる。
ほぼ同時に「ウン」っと返事がくる。
目指す方向へ向き直り歩きだす俺。
後から小さな声で「お兄ちゃんコワイおじさんじゃなくてよかったね」
「バカ聞こえちゃうだろ、それに走っちゃダメ、あのおじさんも滑るからって言ってただろ」っと二人の声が聞こえる。
「おじさんかよ~」っと思いつつ何だか偶の雪もイイなと思う。
突然ではあるが愛である。
そう愛情である。
俺の場合は異性への愛情についてである。
土曜日の夜HPを作る事になっている劇団の代表と制作担当者(共に女性)と都内某所の隠れ家的居酒屋(どうやら本当に隠れ家のようで終始客は俺等だけ、次回あの店はあるのだろうか)で打ち合わせ。必要な話が済んだ後、当然一般的な芝居の話などになって、そのままなぜか”愛情”の話になる。
女性二人から俺の愛情に対する考えを聞かれ「愛情を向けられるのは重いよね」的な言葉が口から出る。普段あまり考えない事を聞かれたわけだが、スット口から出た言葉に自分でも少し驚く。そうか?本当に以外なのか?自分でもよく分からないが、まるっきり思ってもないことが口から出たとも思えない。
やや特殊になってしまった思春期以降の家族のありようなどをポツリポツリと話し、それを彼女等が分析する。でっ彼女等が出した結論。「もくぜんさんは愛情の受け止め方を知らないのね」
・・・そうだったのか・・・?。帰りの地下鉄の中自問自答するが、答えは出ない。
一日たっても答は出ない。がっ考えの対象が「愛情の受け止め方」に変わってきている。って事は「知らない」って事を認めたことになるのかなぁ?まぁ認めたくないわけではない。そもそもあまり考えた事の無い話なので、自分に向けられた客観的な俺像が新鮮でもあり、意外でもあるが、外れているとも思えないそんな感じなのである。
だが二日目も考えているかはわからない(それがダメなんじゃないの俺?もっと考えるべきじゃないの俺?)。
昨日、昨年9月末より俺を悩ませていた事象に(取り敢えず)一区切りがつく!正直キツカッタ~、自分の弱さを実感もしたが、とにかくホッとしただ~ぁ。
とっそんなホッとした感でいた昨日の帰り道JRから地下鉄への乗り換えの際にルミネ新宿のB2フロアーにふらっと入ってしまい、シュークリームとプリンのお店芦屋タカトラで
